――読者の皆様、突然ですが、“オーガニック”や“ヴィーガン”、“ローフード”と聞くと、「身体には良いけれど、見た目や味はかなり素朴で地味」……みたいな印象、ありませんか?私の中ではそんな印象で、一言で言うと「良いものなんだろうけど、あんまりときめかないな~」と思っていたんです。が、最近はそういう印象を完全に覆してくるような、見た目も味も洗練されたヴィーガンやローフードがどんどん出てきていて、今日ご紹介する野尻ケイクさんのケーキたちもまさにそういった食べ物の一つではないかと思っています。こんな素敵なケーキを福井で作っている人がどんな人なのか、ぜひ知りたいと思い、今日はお話を聞けるのを楽しみにしておりました。
※ヴィーガン……動物性食品を食べない人のこと。肉、魚を食べないベジタリアンよりも厳しく、卵や乳製品も食べない。
※ローフード……Raw(生の)Food(食べ物)のこと。生で食べることにより、植物の酵素や栄養素を効果的に摂れて、健康や美容・ダイエットにも効果が出るといわれている。
ありがとうございます。野尻ケイクの哲学は、「昔から食べ継がれてきた素材をベースにし、現代のセンスで、健やかに体に無理をかけない美味しいスイーツをつくる」です。身体に良いからこれを食べよう、と頭で考えて食べていただくというよりは、もっと直感的に、見た瞬間に「食べたい!」と思ってもらって食べるようなスイーツを作っています。
――「身体に良い」を売りにしているお店は多々あれど、野尻ケイクさんは「現代のセンスで」というところがかなり際立っている気がします。お店とお菓子、広告などすべてにわたって統一されたトーンが美しく、サイトを見ていても楽しいです。野尻さんは生まれも育ちも福井なんですよね。子どもの頃は、どういった感じのお子さんだったんでしょうか?
人を笑わせたり、喜ばせたりするのが好きな子どもでしたね。ほかに好きだったことは、風景や花の絵を描くこと、探検、秘密基地遊び、写経、毎日の般若心経……などなど。
――毎日の般若心経!?(笑)ユニーク……。なんとなくですが、祖父母世代と自然に交流していたのがうかがえる生活ですね。あと、五感をたくさん使う遊びが多い気がする。さて、そんな子ども時代に食べていたものの中に、今のお仕事のルーツがあるのだとか。
はい。地元のものや、その季節の旬のおいしいもの、おばあちゃんお母さんの昔ながらの素朴な料理がいつも食卓にあったことや、料理や製菓が自分にとってずっと身近だったことなどは強く影響していると思います。
――当時のどんな食べ物が印象に残っていますか?
干し柿、大学芋、春菊の胡麻和え、アジの南蛮漬け、山菜の天婦羅……野菜が多かったです。こうした食材はほぼ父が採ってきたものや釣ってきたものでした。
――あぁ、どれもこれも身体に良さそう。しかもお父様が直接食材をとってきてくれているって、家族みんなで食卓をつくっているのが子どもの目にもわかりやすくて、いいなぁ。そういう子ども時代を過ごして、高校を出てから製菓学校に行かれて、関西のホテルに就職をされたんですよね。
はい。ホテルでの経験は今もとても役立っています。ただその時代に、あまりにも多く使われる白砂糖やバター乳製品に疑問を持ち始め、体と食材との関係性を考えるようになったのも事実です。
――なるほど。確かに、お菓子って一度自分で作ると、「えっ、こんなに砂糖使うの……」って驚きますし、ショーケースに並ぶようなお菓子はもっとすごいんでしょうね……。
材料に対する問題意識以外にも、買ってくれる、食べてくれるお客さまの顔を見てつくりたいとか、昔から人が好きだったので、人と繋がりながら声を聞いてつくりたいとか、自分はなぜお菓子を作るのか、なんの為につくるのか自分自身で見つけたいという想いが大きくなりました。それで、もう大量生産でさばくようなお菓子作りは卒業すると決めたんです。
――それで自分のお店を持つことや、ローフードを開拓する方向に進んで行かれたのですね。しかし、洗練されたヴィーガンやローフードって、東京を中心にごく最近広がっては来ているものの、数年前まではほとんど見かけませんでしたよね。見本になるようなものがなくて大変だったのでは。
そうですね、教えてくれる人がいなかったので、すべて独学になりました。あと、海外にもよく行き、いろんな国のスイーツ巡りもしました。洋菓子の経験はあったものの製法や材料は全く違うものだったので新しい冒険が始まったようでした。勉強を続ける中でローフードマイスター1級も取得しました。
――野尻さんのケーキを見て、最初にその見た目のセンスに惹かれまして。自然派の食べ物って、どうしても、見た目がちょっと……になりがちなのに、こんなに素敵に作れるの?それでいて美味しいの?とびっくりしたんです。こういうセンスも海外でいろんなものを見て身に付けていかれたんですね。
マクロビやロースイーツなど身体に良いお菓子は見た目がいかにも素朴ですよね。「身体にいいんだから見た目はこんな感じでも仕方がないんだ」と多くの人は思っているかもしれませんが、私の中でその考え方はNOです。目に入るその瞬間が大事だと思います。眼から脳で感じます。「食べてみたい!可愛い!素敵!」と心が踊るのもとても大事なことなんです。私自身も作るときに、このスイーツはドキドキするか、素材の味は生きているかと心躍せています。それがスイーツの見た目にも繋がっているのかもしれません。
――野尻さん自身のドキドキやワクワクが映し出されたケーキたちなんですね。お店を始められてからは、どうですか、大変なこともありますか。
やっぱり大変なこともありますが、それ以上に本気で感謝しかありません。あと私のまわりには助けてくれる人が沢山います。そのおかげで今があります。スイーツは誕生日やお祝いの日や特別な日、その人を喜ばせたい時、大事な時、そして自分のご褒美の時に食べるものですよね。つまり、人の気持ちが詰まっているわけです。そんな楽しいときに選んでもらえるケーキを作らせてもらって、この仕事をさせて頂いていることに毎日感謝しかありません。
――野尻さんの幼少期のお話を聞くと、食べ物は必ず「誰かが、誰かに(おばあちゃんが、孫に、等)」という矢印の中にあるような気がしたので、野尻さんの中で自分のつくるケーキが「食べている人の顔や場面をリアルに想像できる」ものであることはマストなのかもしれないなぁと思いました。そして日常の食事よりも、ケーキはやはり、そこに特別な想いが込められて存在しがちですよね。
そうですね。大切な場面を彩るものだからこそ、私は思いっきりおめかししたスイーツで、脳や腸をはじめとして心身に無理をかけないに良いスイーツをつくるよう気持ちを込めています。毎日ケーキをつくることが幸せです。これからも、お客様の身体をより健やかにするお手伝いを考え、同時に従業員が公私ともに幸せになっていくお店を作り続けて行こうと思っています。
――最後に、福井で働く女性たちにメッセージをお願いできますか。
自分の身体のことを第二、第三に考えずに。自分の身体こそ大事にいたわってあげてください。
――本当にそう思います。頑張る女性の多い福井県が、健康な女性の多い福井県でもあってほしいです。ところで野尻さんのお話を聞いていて、ふと思い出したことが。私が昔いた会社で、イスラム圏のお客様をおもてなしする機会が何回かあったのですが、そういうときってランチやディナーの店を探すにもハラール認証の店しか選べないんですよね。大阪や東京だったので、探せばあるにはあったのですが、ミーティングの会場からは遠くて全員でタクシーで行ったりなど少し大変で。「各エリアにいい店が1、2軒ずつあればいいのになぁ」ってつくづく思いました。要は、“食の選択肢”が身近にどれくらいあるのか、という問題なんですけど。選択肢が多いことで、海外の方をはじめとして過ごしやすくなる人はたくさんいると思いますし、ハラール、ベジタリアン、ヴィーガン、などいろんな選択肢が目の前にある環境だと日本人でもいろんな考え方に自然に触れられますよね。そういう意味で、「野尻ケイク」が鯖江にあることで、多様性にも貢献しているんだなぁと思った次第です。と、最後に語ってしまいすみません(笑)。これからクリスマスケーキの季節、野尻ケイクさんでもいろんな種類のクリスマスケーキが出されるそうです。この記事を読んで気になった皆さま、ぜひサイトやお店を覗きに行ってみてくださいね。ということで、ありがとうございました!
ありがとうございました!
(取材・執筆 吉田郁)
※当記事は、取材当時(2019年12月7日)の内容であり、一部変更がある場合がございます。